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好きだけど結婚できない、不倫恋愛の乗り越え方。3 一番許せないのは、私

ミナコの言葉から、違う問題が見えてきた気がした私。
そして、そこから、ミナコとの距離もカウンセイングも一気に動き出した。

これまでのお話は
第一話 ホワイトデーの日に自殺します
第二話 カウンセラーなら私を助けてよ

目次

みんなに「ほらね」って言われたくないから

「そうだったんだね。あなたの願う通りに、物事が進まないことで、
周りに、ほら、やっぱりあなたが思うようには行かなかったでしょ、私たちの言う通りでしょって、言われたくないんだ」

ミナコは泣き出し、うなずいた。なんてかわいい人なんだろう。
このとき私は、はじめてミナコの幼い部分を、自然に愛おしく思えた。

 

不倫していることへの罪悪感を、ミナコは、十分すぎるほど持っているのだろう。
奥さんや子供たちに申し訳ない。
私には、幸せになる権利はない。心の奥の、奥の方で、彼女は自分を責めていたはずだ。

だが心の奥底で、自分の罪を知っていたとしても、私たちはどこかで、「私は間違っていない」と信じたいのではないだろうか。

心が強ければ、自分の非を認めることは、難しいことではない。
でも弱い心には、自分の罪を認めることが、自己を根底から揺るがしてしまうような、大きな衝撃のように感じられてしまう。

その感情が何故、彼とよりを戻すことへの執着につながるのかは、分かりにくいだろうが、
それが唯一、「自分が自分を正当化できること」だったのだ。
つまり、彼との関係が正しければ、「私は悪くない」と考えることができる。
それが、彼女が自分の罪を忘れ、幸せを感じられる手段だったのだ。

「私たちの言う通りでしょ?」という言葉は、
「あなたが間違っている」と、裁判官がジャッジをくだすようなものなのだ。

ミナコが、この複雑な自分の心の中を理解できるとは、到底思えなかった。

でも私はこの仮説を信じ、彼女が自分の気持ちを正当化できる、他の方法を探し始めた。
「自殺を決めている彼女から、自殺する理由を取り除こう」。私はそう決意した。

彼女を説得したって無駄。自殺の表向きの理由は、「彼とよりが戻せないから」ということではあるが、
本当の意味は、「私が間違っていると審判された罰」なのだ。

不倫が社会的に「正しいこと」ではないとしても、それを認めることが、
自分の心を壊すほどのことではないと理解できれば、
また間違いを犯した自分のことを許してあげることさえできれば、きっとミナコは死なずにすむ。

あなたは不倫をどう考えているの?

「そういえば、私、この質問をしていなかったなって、気づいたんだけどね。
あなたにとって、不倫ってどういうイメージがあるの?」

次のセッションのとき、私はあえて、彼女が不倫をどう思っているのかを聞いてみることにした。
その質問を聞くとすぐに、ミナコはカッとなった。

「ずっと、そんなこと、考えていたんですか?」

「落ち着いて。私は不倫について、あなたはどう思うかと聞いただけなんだけど。
私が、何をずっと考えていたと思っているの?」

「不倫している私を、悪いって、ずっと責めていたんですね。味方するふりして!」

ミナコはソファから立ち上がって、白い皮製のバーキン風のバッグを、引ったくるようにしてつかんで帰ろうとした。

「どうしたの。何をそんなに怒っているの?私が不倫について質問したことが、何故、あなたを責めることになるの?」

私は、なるべくゆっくりと落ち着いた声で、ソファのななめ向かい側の椅子に座ったまま、見上げるような形でミナコに言った。

ミナコは仕方ないような顔をして、私と同じ高さの目線に戻った。
向かい合うようにして、私は言った。

「あなたは、まるで、自分が責められていると感じているのではない?
だから不倫について質問したら、過剰な反応をしたように思える。
私はずっとあなたの味方だし、あなたに幸せになってほしいと思っています。
そのために、いろいろな角度から、この問題を見つめたいの。
あなたが不倫をどう思うのかだって、知っておかないと。
正しいと思っているのなら、それがあなたの意見。
それならそれで、私はかまわない。誰がどう言ったとしてもね。
でも仮に、あなたがこれを悪いことだと思っていたら、それでも、彼との復活愛を望むあなたは、
そういう自分をどう見ているのかを、考えないといけないと思うの」

ミナコは、怒りを露にしてしまった自分が恥ずかしいのか、
「変なことを急に言い出すから、気分が悪くなっただけです」と、小さな声で言い訳じみたことを言った。

 

ミナコの気持ちが落ち着くように、深呼吸をしてもらった後、怒りを出したことについては、悪いことではないのだと説明した。
そしてしばらくして、ミナコに対しもう一度質問し直した。

「私の質問は、あなたが不倫についてどう思うか、ということ。
それに対してあなたは、『ずっとそんな風に、私を責めていたんですか?』という反応だった。自分の気持ちを、説明できる?」

ミナコは、言葉にするのが難しいとだけ言ったきり、黙ったままだった。

その次の回のとき、ミナコがどんなことを言うだろうかと、私は待っていた。

「私、この一年間、彼のせいで時間を無駄にしたんです。
だから、三月に決着つけて、四月にスタートが切れないと困るんです! 」

バレンタインデー、ホワイトデー、そして四月のスタート。時間というルールが、ミナコを支配している。
本当に愛し合う者同士なら、バレンタインデーを待つ必要なんてない。
こんなカレンダー通りのスケジュールなんて関係ない。
ある特定の決まりを守ることで、ミナコは、社会から期待されるレールからはみ出しそうな自分を、保とうとしているのだろう。

だがこの日、三月以降も続くミナコの未来が、図らずも彼女の口から語られた気がした。
しかし三月の「最後の審判」を終えて、ミナコがその後も生き続けることができるために、
彼女はどうしたら、自分の罪を許すことができるのだろう。

一番許せないのは、私

人間が、どれほど複雑な感情を一度に持っているのかを、私はよく感心して見つめるが、
それは薄い層のように、たくさんのレイヤーからなっているように思える。
感情の層を一枚ずつ、薄紙をはがすように大切にめくり、心の奥にある感情に触れていく作業が、カウンセリングだ。

ミナコの表面に出ている、苛立ちや時に挑発的な態度は、自分の罪を「大したことない」と思わせるのに、役に立っていた。
また、自分を世間の目から守るために、必要な存在だった。
これは無意識に行われていることで、ミナコがそう理解していたわけではないと思うが、
私の前でその役割は必要がないと感じられるようになったからか、
ミナコはその下の層にある彼女の気持ちを、言葉で表現できるようになっていった。

「この間、不倫についてどう思うかって、言いましたよね。不倫って、悪いことだと思います。
嫌です。嫌いです。自分が不倫していると思うと、もっと嫌」

ミナコは涙を流していた。彼に戻って来てほしいと語った時や、周りに「ほらね」って言われるのが嫌だ、と話した時の涙とは少し違う、
静かな、でも胸に強く刺すような、痛みを起こさせる涙。

周りから、すごく責められているような気がするのはね、自分が自分を、強く責めているからなんだよ。
あなたは、自分のことを、責めすぎていない?」

目の前にあったティッシュの箱を差し出しながら、私がそう言うと、
ミナコはティッシュを三枚続けて取り出し、大きな声で泣き出した。
私はミナコの隣に座り、彼女の背中に手をそっと乗せた。黒いセーターから、彼女の体の熱がじっとりと伝わってきた。

罰を下すのも自分、それを受けて苦しむのも自分。
そして、その苦しみから自分を救うことができるのも自分。
心の中で、三人のミナコが激しく闘っていた。

時は、すでに十二月も終わりにかかる頃。その年の最後のカウンセリングだった。

 

最終話に続きます。

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