お母さんを喜ばせたいのか、私を喜ばせたいのか、分からなくなってしまう時

お母さんを喜ばせたい。
私たちはみんな、そう思っています。
でもお母さんの喜びと、自分の喜びが、
よく分からなくなることって、ありますよね。
特に結婚をしたいと思いながらも、お母さんから離れることを
「悪いこと」だと思い込んでしまうと、
自分の願いよりも、お母さんの喜びを優先させてしまうこともあり、
自分が何を願っているのかまでも、分かりにくくなってしまいます。

これも結婚を邪魔する障害になりますが、
そのことについて質問をいただきましたので、私も考えてみました。

私たちはみんな、お母さんを喜ばせたいもの

4歳の娘が、変顔をしてくる。
その変顔は、可愛い娘の顔に似合わず、めちゃくちゃ面白い顔なので、
私のお気に入りで、大笑いしてしまう。
なので娘は、私を大笑いさせたくて、時々その変顔をしてくれる。
彼女は毎日、私を驚かせようとしてくれる。
毎回ほぼ同じネタなので、私もびっくりしたマネをし続けているわけだけど、
娘の気持ちがよくわかる。
娘は、私を喜ばせようとしてくれている。私が笑うと、娘は嬉しいんだ。

子どもって、みんな、お母さんを喜ばせたいんだなと心から思う。
お父さんも大事だけど、
お母さんは、子どもにとって、ものすごく特別な存在なんだと思う。

私は、セラピストとして、
たくさんの方の人生のストーリーと接する機会をいただいている。
そしてその話から思うことは、
誰にとっても、例外なく、お母さんはいい意味でも悪い意味でも、
とても大きな存在だということ。

それがたとえどんな関係であっても、どんな母親であっても、
どんなに辛いことがあっても、
私たちは心のどこかで、お母さんを喜ばせたいと思っている。

私たちはお母さんが喜んでくれることで、自分が認められたと感じるのかもしれない。
それが私たちの世界の安定につながっていたのかもしれない。

お母さんは、小さな子どもの私たちにとって、大きな世界だったから。

そして私たちはその感覚を、もしかしたら一生持つのかもしれない。

でも私の世界は、お母さんを超えていく、本当は。

お母さんと私の気持ちは違うと知る

子どもの頃の、
それこそ私の娘が私にやってくれているようなことなら、
問題はない。

でも子どもが成長していくにつれ、その成長した子どもの思いと
母親の思いにズレが出てくる時、
子どもはお母さんを喜ばせることが難しくなっていく。

それが普通のことで、
お母さんもそれでいいと思えればいいのだけれど、
残念ながら、親子関係の中では、
子どもも親も相手に求めてしまう。

やっかいなのは、お母さんが
子どもをコントロールしているとき。

大体大人になっても、子どもって感覚を持っているのも
不思議だけど、
親の前では、私たちは永遠に子どものような感じだ。
そして子どもとして育ててもらっていた頃と同じ関係性が続いていく。

家族にはその家族特有のコミュニケーションがあり、
それが当たり前のことなので、
私たちは、疑問にさえ思わないことも多い。

そして当たり前のように、お母さんの思いを引き継いでいく。
お母さん側は、「コントロールしている」なんて思ってもいない。

現代、女性が結婚するのが難しくなってきている背景には、
この母親のコントロールは大きく関係していると思う。

母親のコントロールはすごい。

言葉を使うだけでなく、
行動も、態度も、表情も、無言でさえも
いいコントロール方法になる。

娘はそれを敏感に感じ取って、母親の期待に応えようとしてしまう。

まるでDNAに組み込まれたかのように、
私たちは、お母さんを喜ばせるために、動いてしまう。

でも、
よくわからない。
お母さんを喜ばせたいのか、
私を喜ばせたいのか・・・・

これが今回いただいた質問の、核の部分だと思う。

そもそも、私が喜んでいるの????ということ。

お母さんが喜ぶことの、その先を見てみると

結婚がなかなかできないから、自分と向き合い始めてみると、
この疑問にぶち当たってしまう。

お母さんを喜ばせたい。

すぐにできる方法では、お母さんが喜ぶものをプレゼントしたり、
どこかに連れて行ったり。
そして結婚しても、子どもを持っても、きっとこれをしてあげたいと望む。
だって、喜ぶから。
そうすると、結婚への思いにも、お母さんが組み込まれていく。

でも、お母さんが喜ぶことで、私も喜んでいるかもしれないけれど、
私は本当にこれを望んでいるのかな?
と疑問に思ってしまうとき、
少し丁寧に、自分の気持ちを見つめてみるべきなのだと思う。

 

お母さんの思いと私たちの思いは、複雑に絡んでいて、
自分でも自分が望んでいることなのか、
お母さんが望んでいることなのかがわからなくなる。
私自身もそうだ。
お母さんのことを思ったら、こうしてあげたい、これをしたら喜ぶはず・・・
お母さんを喜ばせられるとほっとしている。
なんだかいいことをした気分にさえなっている。

でも、私の満足はそこまで。
お母さんが喜ぶのが嬉しい。
それはそれで素敵なことだし、私がすっきりしているのならいい。
でもこの思いを超えて、自分の願いにつながることも
必要な時が出てくる。

 

お母さんのパワーはすごい。
お母さんの希望が、いつの間にか私の希望だと錯覚することさえあるから。
それくらい、悪い言い方をすれば、私たちをうまくコントロールする方法がわかっている。

でもいつか、このコントロールから離れるべき日が来るのかもしれない。
少なくとも、
それが何かしらの問題を引き起こしているのであれば。
例えば、結婚ができない、のように。

 

お母さんを超えて、私の思いを見つけ出す

丁寧に見つめてみて、自分に聞いてみる。

私はお母さんが喜んでくれることで、「認められた」と安心しているのかな?

「これでお母さんが私が何をしても許してくれる」とさえ思っていることもあるかもしれない。

そう、私たちは、お母さんを喜ばせたいと思っているけれど、
お母さんを怒らせたくないとも思っている。

だから、怒らせないために、先回りして、喜ぶことをすることもある。

そうやって、
私たちは目の前のお母さんとの関係を安定に保つことだけに意識を向けてしまう。

でも、大人になった私たちがこれから意識を向けていくことは、
「愛を持ってお母さんに接するかどうか」
そして、
「お母さんを超えて向こう側を見ること」

お母さんを喜ばせることは、
愛情ゆえでもあると思うけれど、

お母さんが、喜ぼうが、怒ろうが、
私の結婚に関係ないことを知ったら、お母さんとの安定ではなく、
私の心の安定を感じてみる。

もっと丁寧に、感じてみる。

私は本当にこれを望んでいる?
お母さんが喜べばいい?
私の喜びは?

仮にお母さんの希望と私の希望が同じと感じた時、
まるでお母さんにまんまと騙されたみたいで、

それもなんだか嫌な感じがするかもしれない。
でも、私が望んでいることならいい。

お母さんが望んでいるだけだったんだ、と気づいてみたら、
改めて、自分の思いを確かめてみる。

私は、どうしたい?
本当は、本当はどうしたい?

 

このままお母さんを喜ばせることに集中しても、
私の幸せって、本当に得られるのかな?と考えてみるのもいいかもしれない。

あなたの中に答えはあるはず。
例えば、

「誰かと結婚して、自分の家族を作りたい」って。

 

お母さんの強さを信じて、私のストーリーを作り出す

どんな人も、主役として、
自分の人生のストーリーを紡ぎ出す義務があります。

あなたはどんなストーリーを思い描きたいでしょう?

私は物語が大好きです。
ストーリーには私たちにパワーと新たな目線を与えてくれるからです。

お母さんという一人の女性のストーリー、
そして私のストーリー。

私たちはどちらも主役で、被害者ではありません。

お母さんの喜びは、お母さんだって作り出すことができる。
そのことを思い出します。
そして主役としての自分が、その場所から
愛を持ってお母さんにできることもあるのだということも、わかります。
さらに言えば、
お母さんも、私の幸せを本当に願ってくれている、愛の存在だということも
見えていきます。

私たちは、二人とも、
愛を持って相手を見つめることができる、
素敵な女性たちなんだということを、思い出せたら。

お互いの喜びも尊重できるようになりますよね。

お母さんとの関係性を見つめ、
お母さんへの罪悪感を癒し、自分のストーリーを作り直していくための
オンラインのドラマセラピーワークショップを予定しています。
詳しくは、こちらをご覧くださいね。

今日もお読みくださりありがとうございました。

 

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